宇宙マイクロ波背景放射

和田先生
こんにちは.和田です.
前回の宿題,「宇宙の曲率の調べ方について」はわかかりましたか?
こっしー君
はい,それには,宇宙マイクロ波背景放射(cosmic microwave background:CMB)を用います.CMBとは,天球上の全方向からほとんど同等に観測されるマイクロ波です.そのスペクトルは 2.725 K の黒体放射に非常によく一致しています.
和田先生
そうですね,このCMBはジョージ・ガモフ,ラルフ・アルファー,ロバート・ハーマンによって1940年代に予言されていました.その後,アメリカのベル電話研究所(現:ベル研究所)のアーノ・ペンジアスとロバート・W・ウィルソンによってアンテナの雑音を減らす研究中に偶然に発見されました.ペンジアスとウィルソンはこの発見によって1978年にノーベル物理学賞を受賞しました.CMBに関しては,多くの記述がありますので,そちらを参考にしてください.

このCMBは,温度分布にわずかのゆらぎがあることを示しています.冒頭の図はCMBの観測結果で,青黒いところと赤いところの温度差は,わずかに,1/1000 % でしかありません.

ちょうど,サーモ・グラフィーで見ているようなものです.

Infrared_dog
この図は,子犬をサーモ・グラフィーで観たもので,黒から白になるにつれて,温度が高いことを示しています.

この温度にして,1/1000 % のゆらぎが発生する膨張過程をコンピュータ・シミュレーションを用いて調べてみたところ,実は,宇宙は,前回の「3.」の,kappa=0「平坦な宇宙」であることがわかりました.そして,宇宙は遅い膨張をすることになり,膨張速度が減速していくわけです.

加速膨張する宇宙

和田先生
ここで,胸をなでおろしているわけにはいきません.2011年10月4日,2011年のノーベル物理学賞が,遠方の超新星観測により宇宙の加速的な膨張を発見した研究者3名に贈られることが発表されました.宇宙は,加速的に膨張しているのです.E=0 であるにも関わらず,です.

宇宙が加速度的に膨張していることの説明として,物質同士を引きつける「引力」とは反対に,物質同士を遠ざけ空間を広げる「斥力」を生む「暗黒(ダーク)エネルギー」が提唱されており,宇宙の全エネルギーの約 4 分の 3 を占めているとする説が現在主流です.物質(質量)とエネルギーは,換算可能(特殊相対性理論によるものです.E=mc^2 .)ですので,エネルギーで比較しますと,宇宙の全エネルギーに対して,70 % 前後が「ダーク・エネルギー」,25 % 前後が「ダーク・マター」,残りの 5 % 前後が「通常の物質(バリオン)」と考えられています.

私たちを含む「通常の物質」は,まったく,取るに足りない存在であることがわかります.宇宙は,「通常の物質」の都合でできているわけではないことになります.

過去20年の間において,「ダーク・エネルギー」の性質について,数々の推測がなされてきました.しかし,いまだ謎につつまれており,詳しいことは,わかっていません.
こっしー君
ところが,ダーク・エネルギーが無くても,宇宙の加速膨張を説明できる仮説もあるようです.ハンガリーのエトヴェシュ・ロラーンド大学の Gábor Rácz らは,コンピュータを用いたシミュレーションにより,時間が経つにつれての宇宙の構造変化を研究しています.そして,「ダーク・エネルギー」の存在を仮定しなくても宇宙の加速膨張を説明できる可能性を示しています(2017年).

大局的に見れば,宇宙に存在する物質は一様分布となっています.しかし,局所的に見るとむらが存在します.高密度となっている部分では重力の作用で物質がさらに集まり,銀河団や大規模構造ができあがることがわかっています.

Rácz らは,宇宙の構造変化をシミュレーションするにあたり,この大規模構造を考慮することで,宇宙の膨張率が場所によって異なるというモデルを考案したそうです.このモデルを用いても,全体的には宇宙が加速膨張する様子は,観測結果と比較して矛盾しないものとなるといっています.
和田先生
このモデルが支持されるとすれば,今後の宇宙モデルや物理学の研究方向に相当大きな影響をおよぼすことになるでしょう.新たなモデルが出てきたことで,議論がより活発になることが期待されています.

ここでは,「ダーク・エネルギー」の存在を仮定するとして,お話を続けます.宇宙の将来は,この「ダーク・エネルギー」が握っているとすると,どのような未来が描けるでしょうか.

宇宙の誕生から現在,そして未来

和田先生
将来を語る前に,宇宙の誕生から現在までを簡単にお話ししましょう.

宇宙は誕生直後,急速に膨張したと考えられています.「インフレーション」と呼ばれています.これには,日本の物理学者・佐藤勝彦が大きな貢献をしています.「インフレーション」の後,宇宙は灼熱状態となりました.この灼熱状態を「ビッグ・バン」と呼んでいます.「ビッグ・バン」については多くの情報が公開されていますので,そちらを参考にしてください.

この「ビッグ・バン」直後では,まだ素粒子は光速度で飛び回っていましたが,初期宇宙が膨張により冷えることで,ヒッグス粒子がその他の素粒子に慣性質量を与えることを行うようになりました.その後,素粒子が原子核を作り,電子を引き付けて,原子(水素・ヘリウム)を構成するようになると,光子が散乱せずに真っ直ぐに飛ぶことができるようになりました.これを「宇宙の晴れ上がり」と呼んでいます.このときの原子の密度のむらが,先ほど紹介した,宇宙マイクロ波背景放射(CMB)のむらということになります.これが,宇宙誕生から30万~40万年後だそうです.

膨張する宇宙
ところが,この「ビッグ・バン宇宙論」によると元素の存在量が,重力源として足りないことがわかっているそうです.「ダーク・マター」の存在を仮定しなければなりません.(以前,銀河団の回転速度についてお話しました.)

このCMBの持つわずかな「むら」により,「ダーク・マター」が重力により集まりだし,成長し,「ダーク・マターの大規模構造」をつくり,「通常の物質」からなる恒星,恒星の集合である銀河,銀河の集合である銀河団,銀河団の大規模構造へと成長していったと考えられています.

これが,現在までの宇宙の辿ってきたプロセスであると考えられています.では,宇宙の将来はどうなっていくと考えられているでしょうか.
こっしー君
現在有力なシナリオは,3つ考えられています.

シナリオ1 ビッグ・フリーズ (ビッグ・チル)
シナリオ2 ビッグ・リップ
シナリオ3 ビッグ・クランチ

シナリオ1:

宇宙のエネルギー・バランスにおいて,「ダーク・エネルギー」が支配的であり続け,しかも,エネルギー密度が一定であるとするなら,宇宙は,ド・ジッター宇宙として知られる指数関数的膨張と同様に加速膨張し続けます.この場合,重力的に束縛されていない構造(例えば,銀河団同士)は見かけ上,光速を超える速度でばらばらに離れていくことになります(これは,「空間」が光速を超えるといっているだけで,「空間」のなかにある「物質」は光速を超えられないのです.).宇宙においてあらゆるものは,光速以下の速度でしか伝わらないので,この加速膨張により,現在見えている遠方の宇宙(銀河団)は見えなくなります

しかし,「ダーク・エネルギー」の密度が増加しなければ,近くの物質は,「ダーク・マター」による重力によって,引き合うことになります.一例を挙げますと,私達の天の川銀河と,その隣に存在する,「アンドロメダ銀河」は,近づき合っているという観測結果があります.よって,銀河団など現在重力的に束縛されている構造はそのまま残ります.

銀河中の恒星は,核融合を繰り返すうちに,太陽質量の8倍程度以下の恒星は,「赤色巨星」になり「白色矮星」の後,ゆっくりエネルギーを失って燃えつきます.太陽質量の8倍程度以上の恒星は,「超新星爆発」をおこし,「中性子星」「ブラック・ホール」になることが知られています.

新しく誕生する恒星もありますが,恒星を構成する材料はやがて尽きていくと考えられていますので,銀河はだんだんと暗くなっていくことになります.漂っている恒星の材料などは,「ブラック・ホール」に飲み込まれていきます.

この状態が進むと,宇宙は「ブラック・ホール」だらけになり,この「ブラック・ホール」も周囲の物質を飲み込みつくした後は,「蒸発」によってゆっくり小さくなっていくと考えられているそうです.この「蒸発」は,「ブラック・ホール」の質量が大きいほどゆっくりとしていますが,小さくなるほど激しくなると考えられています.すなわち,最初はゆっくりとした「蒸発」ですが,「蒸発」が進むにつれて,明るさを増すようになり,最後は,爆発に近い「蒸発」になると予測されています.まるで,恒星がなくなった漆黒の宇宙で,名残を惜しむかのように最期をかざる,花火の様だとも言えます.

その後は,「ブラック・ホール」に飲み込まれなかった「原子」が漂流しています.「原子」の中にある,「陽子」は,「大統一理論」が正しければ,「陽子崩壊」すると考えられています.「陽子」は「陽電子」「ニュートリノ」などになるというわけです.

こうして,宇宙は,広大な空間をエネルギーの小さな「光子」などの素粒子が行き交う,暗く冷たい世界になると考えられています.

シナリオ2:

「ダーク・エネルギー」が一定でなく,時間とともに増えていく「ファントム・エネルギー」と呼ばれる場合です.このシナリオでは宇宙に存在する全ての物質は,まず原子にまで分解されます.そして最終的には「ビッグ・リップ」により吹き飛ばされて素粒子となります.宇宙は構造がない状態となります.

シナリオ3:

「ダーク・エネルギー」よりも「ダーク・マター」による重力が宇宙を支配し,宇宙は互いに引き合うようになるという可能性も残されています.やがては宇宙が自ら潰れる「ビッグ・クランチ」に至るかもしれません.

和田先生
シナリオ2や3は,悲惨な未来ですが,シナリオ1にしても,「われわれの宇宙のみじめな最期」と言わざるを得ません.

でも,考え方次第だともいえます.今の時代であったからこそ,「ハッブルの法則」が検証できたともいえるのではないでしょうか.周りの銀河団が見えなくなっていたら,この法則は検証のしようがないことになります.その意味では,私たちは,特別な時代を生きているといえると考えらます.

ここまでのお話は,4次元時空で考えた場合でしたが,「超ひも理論」によりますと,この世界は,10次元時空もしくは11次元時空であると考えられています.この理論による宇宙モデルのひとつに,「ブレイン(膜)・ワールド仮説」があります.この仮説では,私達が認識している4次元時空の宇宙は,「バルク」と呼ばれる,もっと高次元の時空に浮かんでいる,「膜」のようなものだと考えるのです.

この仮説に基づいて宇宙の成り立ちを説明しようというモデルがあります.「エキピロティック宇宙論」といいます.これによると,高次元時空に「膜宇宙」は,1つだけとは限らないそうです.「膜宇宙」同士は互いの重力で引き寄せ合うことになり,衝突します.この衝突で「ビッグ・バン」を説明するわけです.これをさらに発展させると,「ビッグ・バン」の後,「膜宇宙」同士は,遠ざかりますが,やがては引き寄せあって衝突し,再び「ビッグ・バン」が起こるというモデルになります.「膜宇宙」は衝突により,終焉と再生を繰り返すことになります.

エキピロティック宇宙論
「超ひも理論」を基に考えられている別のモデルもあります.川合・二宮・福間らのモデルです.宇宙はこれまでに終焉と再生を繰り返してきたといい,現在の宇宙はおよそ50回目に相当すると考えられています.

これらのモデルは,以前から考案されていた「振動宇宙論」に現代的な解釈を与えたものだといわれています.

これらのモデルを観測によって検証しようという計画があります.

今回で宇宙の話は,ひとまず終わりです.次回からは再び振動論の話に戻って,外力が三角波の場合についての話をしようと思います.
この記事と合わせて読みたいページ

bnr_chokobana

product-hammering_03


TMCシステムの研究・開発の最新情報を見る

和田先生のプロフィール

3pr_wada_sp

TMCシステムの研究責任者.電子情報通信学会の会員.
電気接点の劣化現象などに関する論文を多数執筆.
プライベートでは,ギター演奏・料理・読書と幅広い趣味を持つ.

こっしー君のプロフィール

越田さん120

TMCシステムの研究担当者.電子情報通信学会の会員.
得意分野は数学と機械工学.
趣味は読書.特技はペン習字.

※記事の内容に関するご質問などがございましたら、お問い合わせからご連絡いただくか、もしくはコメント欄↓にご記入いただければと思います。後日、担当者よりご連絡させていただきます。